いい学校を卒業し、父親のコネで誰もが羨むような大企業へ入社する。そのまま何事もなくエリートコースを駆け上がっていくはずだった――。
そんな順風満帆な人生のレールに乗っていた知人がいました。
しかし、父親が亡くなった途端、状況は一変します。後ろ盾を失った彼はあっという間にエリートコースから外され、グループ会社への出向を命じられました。
本人は、その後に待ち受けている悲惨な現実など微塵も想像していませんでした。「いつかは本社に戻れるだろう」と勝手に思い込み、出向先でもどこか他人事のように、適当な毎日を過ごしていたのです。
転落のスピードと「まさか」の結末
ようやく事態の深刻さに気づき始めた頃には、時すでに遅し。会社からは早期退職を促され、55歳で会社を去る決断を迫られました。
それでも手元には、数千万円というまとまった退職金が残りました。 「60歳まで適当に働いて、あとは退職金を元手に好きなことをして生きていくんだ」 彼はそう言って、どこか余裕さえ見せていたといいます。
しかし、人生の歯車が狂い始めるときは、容赦がありません。突然、妻から突きつけられた三行半と離婚。財産分与や慰謝料などで家も貯えもすべてを失い、気づけば彼は路上生活へと転落していました。
それから3年が過ぎたある日、彼は不慮の事故により、ひっそりとこの世を去りました。
「自分は大丈夫」という幻想
この話を聞いたとき、あなたは「自分はそんな馬鹿な生き方はしない」「他人事だから関係ない」と目を背けていないでしょうか。
ですが、これはまぎれもない現実の事実です。
私たちは、会社という組織や「安定している」という何の根拠もない椅子にふんずりかえっているとき、自分がさも優秀で、高い価値を持っているような錯覚に陥りがちです。
しかし、男から「仕事」という最大のアイテムを失わせたとき、果たして何が残るでしょうか。肩書というメッキが剥がれた人間は、想像以上に脆いものです。
いくつになっても、稼ぐ・働くということ
「定年になったら悠々自適に……」という甘い幻想は、現代社会においてはもはやリスクでしかありません。
大切なのは、組織の看板に依存することではなく、いくつになっても自分の足で立ち、働き、稼ぎ続ける覚悟を持つことです。
「自分は大丈夫」という油断を捨て、今、目の前にある仕事や人生にどう向き合うか。彼の悲劇は、私たちに静かでありながら、とても重い教訓を投げかけています。




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